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けいはんなフィルハーモニー管弦楽団 演奏会

高い集中力と高揚感のニールセン「4つの気質」戻る


けいはんなフィルハーモニー管弦楽団 演奏会
2003年5月25日(日) 14:00 けいはんなプラザ・メインホール

ディーリアス: 夏の夕べ
モーツァルト: 交響曲第40番ト短調 K.550 [第2稿]
ニールセン: 交響曲第2番 FS29(op.16)「4つの気質」

アンコール: ルロイ・アンダーソン: ブルー・タンゴ

指揮: 関谷 弘志


それぞれ作曲された時代も国も曲の性格もかなり異なる3曲(プログラムより引用)による演奏会でした。 おまけにアンコールまでその流れにのったこだわりの選曲だったのでしょうね。 ちょっとマニアックなニールセンのあと、リラックスした気分となって演奏会を終えるのにルロイ・アンダーソンは良い選曲だったと思いました。 しかしちょっと(かなり)珍しいプログラム編成であり、いずれの曲もそつなくこなす巧いオーケストラであることを実感した演奏会でした。 とくにメインのニールセンの演奏が飛びぬけていました。 しかし曲の性格が違うため、単純に前2曲と比較できないのですけど、こちらの演奏は巧いけれど何かちょっと足りないと感じたことも事実です。 言葉は悪いですが、下手だったら下手なりに良いところを探して楽しむのが安田流なんですが、下手じゃないだけにちょっと難しかった(苦笑)。 巧くそつなくこなしているいるからこそ、あと一歩何かが欲しいという感じなのです。 だからあえてここまで選曲をバラバラにした意図も何だったのかなぁ〜 と言うことにまで考え込んでしまったのでした。 しかし、とにかくニールセンの交響曲は、演奏に対する集中力の高さや高揚感が他の曲とはちょっと違っていました。 ここまでのちょっと中途半端な気持ちを一層してもオツリのくるような素晴らしい演奏でした。 そしてその後のルロイ・アンダーソンでリラックスした気分となって会場を後にできました。


簡単に演奏会を振り返ってみたいと思います。

けいはんなプラザ、ちょうど1年前に初めてこのオケを聴かせてもらってからの再訪なんですが、あいかわらず未来都市チックなところですね。 今回、出先からの移動だったのでバス便を心配しましたが、うまくバスを捕まえることができ、開場10分前にホールに到着しました(逆に帰りはバスが出たあとだったので30分近く待ちましたけど)。 これだけ早く到着するとどこでも座り放題なので、ホール中央の後から1/2あたりの通路側に着席することにしました。 もうちょっと後部の座席でもいいかなと思いましたが、モーツァルトは人数を絞り込むようなことがプログラムに書かれていたのでこのあたりで落ち着きました。

さて、ステージ上は弦楽器が対抗配置でした。 関谷さんがゆったりと歩いて登場されて第1曲目のディーリアスが始まりました。 「夏の夕べ」というこの曲、始めて聴く曲のように思います。 ディーリアスの音楽が好きで、デリアスなんて書かれていた時代から聴いているのですが、その割にはあまり曲を知っているわけではありません。 だからはっきりしたことは書くべきではないのでしょうが、とても明快で聴きやすい演奏だったと思います。 そして響きの基調にもなっているホルンの響きが安定したのを特筆したいと思います。 そして弦楽器にはやや厚みも感じられ、とても安心して聴ける肌触りの良い演奏でした。 しかし個人的にはどこか物足りなく感じた演奏でもありました。 ディーリアス特有の浮遊感とか掴み所の無さといったものが自分のなかに強くインプットされているからでしょうか。 もっとゆったりとした演奏になるとか、失礼な話かもしれませんがアンサンブルに多少弛緩した部分があったりするとちょっと雰囲気も違ったのかな、などと感じました。 巧い演奏だっただけにかえってそのように感じたように思います。

モーツァルトの交響曲第40番でも同様に、演奏は巧いとは思うけれど、何かちょっと足りないような気になりました。 コントラバスを2本に絞り込み、クラリネットを追加した第2稿による演奏で、全体としてはくすんだ色調の木管アンサンブルが特に素晴らかったと思います。 決してなぞるだけの下手なアンサンブルではなかったし、クライマックスなど一生懸命に演奏して熱演になっていたのですが、このこととモーツァルトの持つ音楽性との間の乖離をちょっと感じてしまったようです。 特にこの曲は耳に馴染みすぎるほど馴染んでいるだけにハードルが非常に高くなっていることもありますし、やはりモーツァルトは難しい、などという月並みなことに帰結してしまいそうなんですが、適当な言葉は浮かばないことをご容赦いただきたいと思います(すみません)。 けっこう技術的に落ちるアンサンブルであってもモーツァルトらしさを感じる演奏があったもするし、本当に難しいとしか言いようがありません。 そんな第1楽章の冒頭は力まずにすっと入ってきました。 実に巧い開始だったと思います。 全体的にオーソドックスな解釈のようでしたが、あまりフレーズを歌わせずに淡々と音にしているように感じられました。 これは第2楽章でも同様に感じました。 淡々と曲が進んでいくのはなんでかな〜?と思って注意していたのですが、第2ヴァイオリンとヴィオラの響きが薄いように思えました。 いわゆる舞台に向かって右側の音なんですが、これと第1ヴァイオリンとコントラバス、チェロなどの左側の音がミックスされていないようなのです。 これらの楽器はステージの後ろを向いているだけに響きが薄く聞こえがちになるんですが、関谷さんもオケの右側にはあまり頓着がないように思えました。 第1ヴァイオリンのメロディラインと低弦のリズムには注意を払われているようだったのですが。 これで曲がスパスパと進んで行っているのかな〜と思ったわけです。 しかし第3楽章のメヌエットは全体の音量がちょっと上がって改善されました。 きびきびとしたメヌエットでした。 とにかくここでも木管アンサンブルが美しかったのが印象に残りました。 さて終楽章なんですが、軽快な音楽で勢いよく飛び出した感じです。 ただ一生懸命さがちょっと前面に出てしまったせいか熱演っぽくなっています。 もうちょっと柔軟性が欲しいように感じました。 関谷さんは、ここではオケの右側もずいぶんと気にされていたようですが、弦楽器がせっせと音を合わせて走っているように感じました。 木管楽器は終始歌い込んでいたこともあって余計に弦楽器が生真面目に聞こえたのかもしれません。 もっともとことん響きを刈り込んで現代音楽風なモーツァルトにするとかえって面白かったかもしれませんね。 本名徹二さんが大阪シンフォニカーを振られたときのモーツァルトがまさしくこうで、古楽器奏法も使った透徹した響きに感動したことがありました。 とにかくモーツァルトは難しいということでご容赦願います。

さて、休憩をはさんでニールセンの交響曲第2番。 普段演奏されることの少ない曲で、実演で聴くのももちろん始めてなので大いに期待していました。 そしてその期待は裏切られることなく、常に高い集中力と高揚感が保たれ、かつ4つ気質を見事に描き分けていた演奏に感動しました。 個人的にはバーンスタイン/NYPのCDでしか聴いたことがなかったわけですが、あたりまえかもしれませんが、実演の面白さの比ではありません。 前2曲ではちょっと足りないと思っていた部分もありましたが、この曲ではそんなことはすっかり忘れて演奏を楽しませてもらいました。 第1楽章の冒頭、集中力の高い演奏が飛び出しました。 終始テンションの高さは衰えず、弦の分奏はバッチリ揃っているし場面転換のキレもビシッと決まってて素晴らしい。「快速に、怒っぽく」というテーマを見事に出していました。 特に後半、湧き上がってくるような音楽を感じましたので、オケのメンバーもノッているのだな、と感じたしだいです。 第2楽章は、漂うような感じの開始でした。 コントラバスのピチカートにのって主題を進めたあと木管アンサンブルとなり、ティムパニのタイトな音でアクセントがついたあとまた主題をふわっとした浮遊感をもって歌いまわしていくのを夢見るように聴いていました。 フィナーレのピチカートもよく揃っているのにふわっとした響きでしたね。 第3楽章は、とても密度の濃い弦のアンサンブルによる開始が印象的でした。 オーボエ、コールアングレ(?)、ホルン、ヴァイオリンとテーマが歌い継がれてゆくうちに音楽が次第に大きくなって高揚していきましたが、この間まったく音楽が弛緩しません。 そしてフルート、クラリネットが入って曲想が一転して明るくなったのも自然だし、トロンボーンの音によって陰鬱な表情になったあとの強靭さも見事でした。 暗さを表現しても音楽を引きずらないのは弛緩していない証拠でしょうね。 終楽章は軽快に飛び出しました。 どこかブラスバンド的な曲想ですが、これはアマオケの得意とするところでしょうか。 調子の良さを感じました。 これが繰り返されたあと、曲想が変わって緊密な弦楽アンサンブルで陰鬱な感じを出したあとまた見事にスパッと曲想を変えます。 フィナーレはスパスパと曲を切りながらサッと終わりました。 とにかく色々な曲想を演じわける技量の高さ、集中力の高さに感動するとともに、実演で聴いてこそこの曲の面白さを改めて知ったような気がします。 とにかく素晴らしい演奏でした。

蛇足ながら、この演奏をするために前2曲の練習量が少なかったのかな、とも思えたほどでした。 しかしくりかえしになりますが、演奏技術としては本当に巧いオーケストラであると思います。 ディーリアスやモーツァルトをあれほどまでに丁寧に演奏することはなかなか出来ないことだと思いますが、逆に丁寧で几帳面だったからこそ、ディーリアスの浮遊感とか、モーツァルトの醸し出されるような雰囲気も欲しくなったのだと思います。 とにかく音楽って難しいものだと思った演奏会でもありました。