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井村美代子・浦田隆司 ジョイントリサイタル「日本歌曲の夕べ」

年輪を刻み込んだ歌唱を実感戻る


井村美代子・浦田隆司 ジョイントリサイタル「日本歌曲の夕べ」
2004年5月12日(水)19:00 いずみホール

山田耕筰: 梅は咲いたか(日本古謡)、来るか来るか(日本古謡)
この道(北原白秋)、やかの木山(北原白秋)、からたちの花(北原白秋)
  浦田隆司(T)、塚田佳男(p)
團伊玖磨: 歌曲集「三つの小唄」(北原白秋)
 T.春の鳥、U.石竹、V.彼岸花
  井村美代子(S)、塚田佳男(p)
山田耕筰: 歌曲集「AIYANの歌」(北原白秋)
      T.NOSKAI、U.かきつばた、V.AIYANの歌、W.曼珠沙華、X.きまぐれ
  浦田隆司(T)、塚田佳男(p)
猪本 隆: さざんか(薮田義雄)、わかれ道(きねたるみ)、
愛(鶴岡千代子)、悲歌(尾崎安四)
  井村美代子(S)、塚田佳男(p)
中田喜直: 桐の花(三好達治)、甃のうへ(三好達治)、木菟(三好達治)
  浦田隆司(T)、塚田佳男(p)
中田喜直: 火の鳥(福永武彦)、さくら横ちょう(加藤周一)、髪(原條あき子)、真昼の乙女たち(中村真一郎)
  井村美代子(S)、塚田佳男(p)
(アンコール)
中田喜直: ゆく春
  浦田隆司(T)、塚田佳男(p)
中田喜直: むこうむこう
  井村美代子(S)、塚田佳男(p)
服部 正: 野の羊
  井村美代子(S)、浦田隆司(T)、塚田佳男(p)
中田喜直: 子守唄
  井村美代子(S)、浦田隆司(T)、塚田佳男(p)

 年齢とともに歌があり、年輪を刻み込んだ歌唱を実感したリサイタルでした。 普通このような場合、単に、年季の入った歌でした、などと言えばいいのかもしれませんが、そんな風に単純には言いたくない歌の魅力を感じました。 
 とにかく、お二人ともに声の響きと、声になって表現される歌詞のひとつひとつの言葉の当たりがとても軟らかい。 井村さんは技巧的な上手さ、また浦田さんは独特の発声法が見事でした。 歌詞のひとつひとつの言葉の意味をすくい取り、歌の背景や空間まで感じさせたのは単に年季が入っているから、なのでしょうか。 
 特に休憩後、前半に若干感じられた堅さも取れた自在な歌に魅了されっぱなしでした。 そしてアンコールは更にリラックスした雰囲気も加わり、とくに最後の子守唄は秀逸でした。 歌詞といい声の響きといい不思議な空間を演出し、素晴らしいリサイタルを締めくくっていました。 感激しました。


さて、簡単にリサイタルをふりかえってみたいと思います。 

ホールはほぼ満員。 お弟子さんやそのご家族・関係者の方も多いのでしょうけれど、華やかななかにもどこか落ち着いた雰囲気が感じられます。 同じ歌の場合でも、合唱団が出演する演奏会には雑然とした感じも受けることが多いのですけれども。 そして今回のリサイタル、そのような落ち着いた雰囲気、気品も感じさせる歌唱に魅了されました。

まずは浦田さんがにこやかに登場され、日本古謡より「梅は咲いたか」「来るか来るか」を披露。 とにかく軟らかい声の響きに驚きました。 刺激的なものを極限にまで抑えたような感じです。 そして声がホールを包み込むのように回り込んでくるみたい。 そしてこの2曲は邦楽みたいな歌いまわしだったでしょうか。 とても軟らかく歌っているのですけれど、なんとなく焦点が定まらないような感じも受けましたが、シュッとした表情となって歌い始めた「この道」に感激しました。 ここからは響きの軟らかさだけでなく、言葉の意味をそっとすくうような歌唱で、しかも今歌った歌詞の響きが残っている上に次の言葉をやさしく合わせてゆくような感じにも思えました。 響きが多くても、けっしてベタベタすることのない、清潔な感じのする歌でした。 このあと「かやの木山の」「からたちの花」もゆったりと時間が過ぎてゆくような歌に魅了されました。

続いて井村さんが、赤というか朱色のドレスにて登場。 歌曲集「三つの小唄」を披露されました。 よく響く声が凛としていて、気品や落ち着きといったものを感じさせます。 この歌、とても難しいと思うのですが、自在に声をコントロールされ、文学の香りのようなものを感じました。 「石竹」という言葉で、以前にもこの歌を聞いたことがあることを思い出しました。 そして「彼岸花」での「憎い男の心臓を/針で突かうとした女」というショッキングともいえる歌詞ですが、若い女性で聴いたそのときには、どぎつさを感じたのですけれど、井村さんは常に凛とした歌唱で歌いこなしていたようです。 年季・年輪というものも大きく作用しているとは思いますが、声の表現力によるところ大ではないでしょうか。

前半最後は、浦田さんによる歌曲集「AIYANの歌」。 ここでも響きの軟らかさが持ち味となって、醸成された歌にゆったりと酔わされました。 言葉の表情がどんどんかわってゆく「曼珠沙華」など、いずれも肌にそっと触れていくような声の響きが素敵でした。 しばらく目をつぶり、届けられる言葉をひろってゆくのがとても心地よい時間でした。

休憩の後は、井村さんによる根本隆さんの歌曲を4曲。 前半では技巧的を面がかなり感じたのですけれど、自然体による歌唱に磨きがかかっていました。 特に「愛」は、恥ずかしくなるほどストレートな愛を想う歌詞なのですけれど、例えば「人がこの世にある限り/燃えて尽きない思いです」の部分の熱っぽさなど、堂々とした歌唱で、実に素晴らしいものでした。 また「わかれ道」や「悲歌」では、喋るように歌い、歌うように喋るといった感じの自然体。 自分のなかを歌がすっーと通りすぎてゆくような感じで聴いていました。 「私は私の悲しみだけを力いっぱい支へて生きる」(「悲歌」)のピークへの導きもごく自然なら、そこから結末へいざないもまたごく自然な落ち着きをもって表現されていました。

浦田さんが登場し、詩人三好達治さんの歌詞を持つ中田喜直さんの歌曲を3曲。 独特な心象世界が表現されていました。 声の響きこそ軟らかいのですけれど、凛とした歌唱によって言葉の風景があります。 「木菟(みヽずく)」では、ピアノの研ぎ澄まされたキン・カンという響きによって聞き手を半ば強引に心象世界へ放り込み、言葉の世界が始まりました。 そして「聴きなれた昔の歌」と歌ったあと、歌詞カードをめくる音がホールに響きます。 ホールの多くのお客さんも、詩を見ながら歌を聴いていたようです。 僕もそうしていたのですけれど、皆さん、詩の朗読にも似た不思議な感覚を味わっていたのではないでしょうか。 

最後は、井村さんによる中田喜直さんの歌曲集「マチネ・ポエティクによる四つの歌曲」。 ここまでくると気分も乗ってきたのでしょうか、軟らかくよく伸びる声が魅力的でした。 「火の鳥」の最後の部分「暮れのこる空に羽むれるまでに」ではパッと明るい光が射したようでしたし、「さくら横ちょう」も後半「心得て花でも見よう」のあたりの声の伸び、そして「春の宵 さくらが咲くと/花ばかり さくら横ちょう」と纏める部分など本当に巧いものだと感激しました。 「髪」「真昼の乙女たち」は気分もずいぶんとのってきていたのでしょうね、貫禄で一気に聴かせたような感じでした。 それでいて、まろやかな味わいを失わない歌唱で、客席を大いに惹きつけて幕となりました。 素晴らしいリサイタルでした。

アンコールでは、浦田さん、井村さんの順1曲づつで歌われたあとデュエットを1曲披露。 そして最後にはリラックスした雰囲気も漂わせた最後の歌曲「子守唄」は秀逸でした。 歌詞の内容といい、お二人の軟らかい声の響きといい、実に不思議な空間を演出してリサイタルを締めくくっていました。 
年齢とともに歌があり、年輪を刻み込んだ歌唱を実感したリサイタルでした。