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ヘブラーのモーツァルト:ピアノ協奏曲第23番

天国的で優しいモーツァルト時代(戻る

このところ体調・気分ともすぐれず鬱々としていたのですが、小春日和なかで聴いたヘブラーのモーツァルトに心が洗われました。 ヘブラーのピアノは粒が揃っていて、上品なタッチと優しい弱音が魅力的です。 風情のある演奏です。 女性的な柔らかさでそっと包み込んでくれます。 モーツァルトがモーツァルトらしさとして、優しさとか、天国的な天真爛漫さ、といったもので代表されていた時代の演奏ですね。 またヘブラーを女性的と書きましたが、これもまた女性が女性らしさとしてしっとりとした存在として語られていた時代のことですね。 ともに今ではまったく流行らない古いスタイルの演奏なんですが、聴いている僕が古いタイプの人間だから仕方ないでしょうね。 でも現代のような病んだ世界に生きる我々にとっては流行り言葉を使うならヘブラーのモーツァルトは「癒し」になると思いました。

第23番は、ロヴィツキの流麗でしかも抑制のよく効いた序奏からわくわくとしてきます。 ヘブラーはチャーミングな演奏でこれに応えて、オケと絡みあっていくさまはまさに天国的な感じです。 感受性の豊かさと少々くぐもったような響きで、ともすると安っぽく感じる部分も上品にすっきりと纏めています。 幸福感を感じさせてくれます。 第2楽章も必要以上に暗くならず情にも流されません。 柔らかいタッチから紡ぎだされる音楽は優しさが見え隠れしています。 まさしく中庸の美しさといった感じですね。 伴奏もしっとりとしています。 終楽章は軽快なピアノですが、ここにふよかさを感じさせるのがヘブラーの特長でしょうか。 オケもロンドン交響楽団らしくちょっと粘り気を感じさせて、ピアノとよく合っているようです。 静かな感動がひたひたと忍び寄ってくるような盛りあがりを伴ってクライマックスに向ってゆきます。 けっして声高になることなくあくまでも軽快なモーツァルトとしてのエンディングを迎えます。 このあたり今風のきちっとした紋切り型の終結になっていません。 ちょっと含みをもたせたような柔らかい感じを後にのこしています。

イングリッド・ヘブラーは、以前はクララ・ハスキルとリリー・クラウスとともに女流モーツァルト奏者として語られていました。 しかし今は急速に忘れ去られようとしているのではないでしょうか。 手もとの音楽之友社の「名盤大全・協奏曲編」には1曲たりとしてヘブラーの演奏は掲載されていません。 ロマン的な傾向を強めたクラウスや、古典的で毅然としたハスキルとは違って、タッチの柔らかさ、良くも悪くも抑制の効いた中庸な表現など、掴みどころの無さが好まれないのでしょうか。 前述の本にはハスキルは8曲もあげられているのと大違いです(ちなみにクラウスも1曲も載っていません。 こちらはロマン的な演奏が好まれないのでしょうか)。 このようなことを時代の反映というのでしょうか。

しかし決してヘブラーの演奏が劣っているようには思えません。 モーツァルトが愛らしいモーツァルトであった時代の記録として過去のものにしてしまうには本当に惜しい演奏だと思います。